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熊野古道のご紹介 序

2020(令和4)年5月7日、私どもは、熊野古道の小辺路を歩き終えました。これで
大阪天満橋からを含めた 中辺路、高野山への丁石道、大辺路、そして小辺路と一応和歌山県が関係する熊野古道の踏破を終えることができました。

七色手前の下り坂 本宮方面を望む

 実際当初から、ここまでやろうとしたわけではなく、年始の休みを利用して、大阪天満橋から大阪府下の熊野古道を歩いて見ようとしただけでした。中世の熊野詣は、京から淀川を船で下り四天王寺に詣ったうえで一路和泉、紀伊を南下し、田辺から東に路をとり本宮をめざす中辺路が主とされ、九十九王子と呼ばれる多くの遙拝所、祠があります。スタンプラリー的に王子跡を見ていくことも多く行われているため、せめて自分の住む辺りまでは歩いておこうと考えた程度でした。普通に地理地域に詳しくなっておきたいとか休日の運動目的だったと思います。
 大阪の八軒家船着場を訪れたのが、2020(令和2)年1月4日のことでその日は仁徳天皇陵まで歩いています。1月19日から25日までは海外出張にも出かけています。ところがここでコロナウイルスの感染が拡大します。4月の緊急事態宣言からは当分休日も出歩けない状態でした。下手に出張もできないですが、やや表も歩ける程度となり、休日どうするかということで、9月19日に2回目として三国ヶ丘から鳳付近まで歩いています。
 この辺りから地酒の蔵元であり、蔵の近くを熊野街道が通っておりウォークの人も多く立ち寄られることだしと、蔵辺りまでは歩いておこうという気持ちになって来ました。どうせ大都市への出張もできない、という事情もありました。
 週末、休日に早起きの日帰り歩きを繰り返し、2020年12月6日、地元の海南市藤白神社に至りました。しかしコロナウイルスの感染は続きます。どうしようかと思う中で、これを機会に熊野本宮まで歩こうという気になりました。
 和歌山の地酒蔵元が地元の世界遺産である熊野古道を説明できるようになっておく必要があるとの想いです。さらには地元に詳しいことをウリにする仕事や役職にも就いているため、幾ばくかのPRにはなります。「この際」と「一度始めたことだからやりきろう」で 中辺路を歩き通すのです。
 大阪から16回目だかで、本宮に着いたのは2021年3月27日のことです。その時でも大きな達成感はありました。これでやることはやったから別のテーマを考えようと思いました。しかしコロナ禍は続きます。5月2日に高野山の丁石道を慈尊院から歩き、それでもそう頻繁に出張できる社会的雰囲気ではありません。ついに8月29日から田辺市の分岐点から大辺路に取り掛かります。8回目の11月21日に那智大社、同23日に新宮の速玉大社に到達しました。概ね和歌山県内の古道はこれでほぼ終えたのですが、オミクロン株の発生拡大で、とうとう小辺路もやるかという気になりました。
 小辺路は主な部分は奈良県内でかなり登山的要素の強いルートです。交通の便も悪く、泊まらないと行けるものではありません。冬の単独行は責任的にも避けたいところです。連泊縦走する時間的余裕もなく、11月27日に高野から野迫川村大股まで着手し、冬季は一旦中断します。2022年4月9日に再開し、伯母子岳、三浦峠は北側と南側からそれぞれ往復してつなぎ、ついに5月の連休に本宮に到りりました。

 大峯奥駈道、伊勢路もあり、高野に登るルートも3本ほどあり、中辺路も小栗街道など複数ルートの分かれた所もあるのですが、まずは所期の目標は達したと思います。熊野諸神に古道のPRに努めますとお誓いした限り、こうした発信などしていきたいと思います。
 なお、何時間で何㎞歩いたとか、何回でそのルートを踏破したとかは一切考えない方針としました。ゆっくり、すべての案内、石碑、名所に立ち寄り、掲示板はよく読んで、風景の良いところは必ず止まって画像も撮る等、古道の案内人となれることを目指して歩きました。2年4カ月以上かかっていますので、即答はいたしかねますが、だいたいあの辺はどうだった程度の説明はできると思います。地元や行政の古道の維持保全のご苦労がよくわかりましたが、さらなる整備や訪れる方の増加を祈念し、少しでもお役にたちたいと思っております。